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2026年後期のNHK朝ドラ『ブラッサム』は、作家・宇野千代をモデルにした作品だと発表されています。山口県岩国市出身ということで、地元民としてはどうしても気になってしまう存在です。
正直に言うと、私自身もこれまでのイメージは「恋多き作家」「不倫作家」という印象が強く、深く知る機会はありませんでした。いわゆる“地元の観光地に行かない地元民あるある”ですね。
ですが、今回あらためて調べてみて分かったのは、宇野千代は決してそれだけの人物ではなかった、ということでした。
本記事では、作家ではなく「着物デザイナー」としての宇野千代に焦点を当て、その思想や技法、時代を先取りしていたサステナブルな視点について掘り下げていきます。
活動背景|デザイナーとしての宇野千代
宇野千代(1897-1996)は、小説家として名を馳せる一方で、戦前から戦後にかけて着物デザイナーとしても精力的に活動しました。
高等女学校で学んだ裁縫、若い頃に経験した仕立て仕事、そして貧しい時代に「一枚の着物をどう使い切るか」を考え続けた生活体験。これらすべてが、彼女のデザインの土台になっています。
1936年に創刊した雑誌『スタイル』では、和装と洋装を対等に扱い、「新しいきもの」を提案。女優・桑野通子が着用した着物写真が掲載されるなど、和装を“特別なもの”から“現代のファッション”へと引き寄せました。
また、戦後に刊行された『きもの読本』(1949-1959)では、布の再利用や着物の作り替えを体系的に紹介。
文学的感性と実用性を併せ持つ、独自のデザイナー像を確立していきます。
デザイン哲学|伝統を疑い、布を生かす
宇野千代のデザイン哲学の核にあるのは、「当たり前を疑う姿勢」と「布を最後まで生かし切る視点」です。
着物は本来、直線裁断で作られ、解いて仕立て直すことを前提とした衣服です。しかし時代が進むにつれ、「季節」「格式」「決まりごと」に縛られ、自由度は次第に失われていきました。
宇野千代は、そうした固定観念に疑問を投げかけます。
たとえば、桜柄は春限定という暗黙のルール。彼女はそれをあえて外し、四季を通して着られる桜模様の着物を提案しました。これは単なる意匠の遊びではなく、「一枚の着物を長く着る」ための合理的な選択でもあります。
また、自身の小柄な体型(約150cm)を補うため、横縞柄を用いたり、おはしょりを工夫することで全体のバランスを整えるなど、体型に合わせた設計を重視しました。
着物を“人が合わせるもの”ではなく、“人に寄り添うもの”へ。その発想は、現代のカスタム服やサイズレスデザインにも通じています。
さらに特筆すべきは、布を使い切ることを前提とした思想です。貧困時代の経験から生まれた「布を捨てない」「形を変えて生かす」という考え方は、結果的にサステナブルデザインの本質そのものでした。
具体的な技法|今につながる着物リメイクの原点
宇野千代の実践は、現代で言う「着物リメイク」や「アップサイクル」の原点とも言えます。
着物の構造である直線裁断と分解可能性を前提に、着古した着物をほどいて寸法を直し、裏地を外して単衣にしたり、逆に別布を足して季節をまたいで着られるようにするなど、柔軟な作り替えを行いました。
長着を帯へ転用したり、複数の布を組み合わせてパッチワークのように再構成する手法も用いられています。これは単なる節約ではなく、「布の履歴を引き継ぐデザイン」とも言えるものです。
さらに、染め替え(色抜き・掛け)を行うことで、シミやヤケを隠し、再び日常着としてよみがえらせる。
布の欠点を排除するのではなく、手を加えながら共存する姿勢は、今のサステナブルファッションが目指す方向と驚くほど重なります。
大量生産・大量廃棄とは正反対の思想。
宇野千代は、まだその言葉が存在しない時代に、すでに循環型の服づくりを実践していたのです。
着物を日常へ引き戻した功績
宇野千代のデザインと発信は、着物を「特別な日の衣装」から「日々の暮らしの服」へと引き戻しました。
雑誌『スタイル』を通して提示されたのは、芸妓のような非日常の華やかさだけではありません。女学生や働く女性が、普段の生活の中で無理なく着られる着物像でした。
これは、着物を長く、繰り返し着るための環境づくりでもあります。着る人の生活に根ざした服でなければ、布は生き残れない。
その視点があったからこそ、宇野千代の着物は「直して着る」「工夫して着る」「また次に渡す」という循環を自然に生み出しました。
現代のサステナブルファッションが掲げる理念を、暮らしの中で実践していた存在。
そう考えると、宇野千代の功績は、単なるデザイナーの枠を超え、今を生きる私たちへのヒントにもなっているように思えます。
私たちが学べること|布と暮らしの関係を取り戻す
宇野千代の着物づくりから学べることは、決して特別な技術や才能だけではありません。それは、「今あるものを、どう生かすか」という視点です。
新しい布を買い足さなくても、 少しほどいてみる、組み替えてみる、染め直してみる。そうした小さな工夫が、服の寿命を延ばし、暮らしを豊かにしていく。
大量生産・大量消費が当たり前になった現代だからこそ、 宇野千代が体現していた 「布と対話しながら暮らす姿勢」は、あらためて価値を持ちます。
着物でも、洋服でも、リメイクでも。完璧でなくていい。自分の体と生活に合わせて、手を入れながら使い続けること。
その延長線上にこそ、 無理のないサステナブルなものづくりがあるのではないでしょうか。
朝ドラ『ブラッサム』と宇野千代の人物像
制作統括の村山氏は、作品について次のように語っています。
ささやかな日常の描写を大切にしながら、主人公・珠が自分で選んだ道を一日一日進んでいく姿を描きたい
故郷・山口を離れ、上京し、作家を志す主人公。 震災、戦争、結婚と離婚、倒産や借金など、数々の困難に直面しながらも、幸せのかけらを拾い集め、小説へと昇華していく。
その姿は、まさに宇野千代の人生と重なります。
宇野千代と聞いて、まず「不倫」を思い浮かべる人は少なくないかもしれません。 代表作『おはん』『色ざんげ』を生んだ作家でありながら、私生活は決して“模範的”とは言えないものでした。
しかし彼女は、そんな人生を次のような言葉で表しています。
私の一生はね 虫やカラスと一緒なの 理屈がないの 自分の好きなときに地を這い 好きなときに空を飛ぶ たとえ人から何を言われようとも
良い悪いでは割り切れない、圧倒的な自己肯定感。波乱万丈な生き方は眉をひそめられることもありますが、その自由さに、どこか惹かれてしまうのも事実です。
朝ドラ『ブラッサム』で、この「無邪気さ」と「強さ」をどう描くのか。 今から楽しみにしたいと思います。
まとめ
宇野千代は、恋多き作家として語られることの多い人物ですが、 その裏側には、布と真摯に向き合い続けたデザイナーとしての姿がありました。
貧しさの中で身につけた裁縫の知恵。 一枚の着物を、ほどき、直し、染め替え、また着るという循環。それは決して流行を追うためのものではなく、 暮らしに根ざした、等身大の美しさを守るための選択でした。
着物を特別な存在から日常へと引き戻し、 布を「消費するもの」ではなく「共に生きるもの」として扱った宇野千代。その姿勢は、今あらためて見直されている サステナブルなものづくりやリメイクの原点とも言えます。
朝ドラ『ブラッサム』をきっかけに、 作家としてだけでなく、 布と生きた一人の女性としての宇野千代にも 目を向けてみると、 現代の私たちの暮らしにそっと重なるヒントが、 きっと見えてくるはずです。
💡宇野千代書籍
行動することが生きることである 生き方のついての343の知恵
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